戦略的イノベーション創造プログラム(SIP) 

AIホスピタルで医療の本質を取り戻す

中村 祐輔

公益財団法人がん研究会がんプレシジョン医療研究センター 所長

“医師と患者さんの心が通う医療”を実現するにはAI技術が必要
Society5.0の実現に向けて不可欠な存在であるAI(人工知能)。社会実装に向けてさまざまな研究や取り組みが行われていますが、特に注目されているのが医療の分野です。「AI(人工知能)ホスピタルによる高度診断・治療システム」の研究に取り組んでいる中村 祐輔PDにお話を伺いました。

―「医療現場における『心』を取り戻す」―

Q-

AIによる医療と聞くと、医師と患者さんの直接的な関わりが薄くなってしまう印象を持つ方もいると思うのですが。

PD-

診療現場でよくある光景として、患者さんは医師に向かって話しているのに、医師はパソコンのモニターを見ながら診察を行っているという場面が浮かんできます。医療現場は本来、患者さん本人を診ることが本質であり、目を合わせながら患者さんと医師がコミュニケーションをとることが極めて重要です。医療現場における「心」の部分を取り戻すためには、むしろAIをうまく活用することが肝要だと感じています。

―「新型コロナウイルスや救命救急の現場でも活躍する」―

Q-

これまでの大きな成果の一つとして医療用語集の作成があります。これはどのように活用されるのでしょうか。

PD-

医療分野に限らずさまざまな翻訳システムがあり、全体的に精度が上がってきているように思います。しかし、医療現場においては、難しい医療用語も多く一般的な辞書に登録されていない言葉がたくさん使われます。そこで、医療に特化した36万用語を辞書化し、言葉を認識できるようにしました。また、万単位の医薬品や治療法などについても辞書登録し、高い精度で話し言葉をテキスト化することが可能となっています。ただし、実際の診察現場では医師と患者さんの言葉を聞き分けなければならず、マイクの指向性の問題など解決すべき課題が残っています。一方で、1人の人間が話す言葉をテキスト化する作業は極めて精度が高いです。たとえば、医師が話した言葉をAIが判別してカルテを作ったり、介護現場では介護記録を言葉で残しておけば自動的に記録したりするといった使い方も可能です。これによって、看護師や医師などの労力は大幅に軽減できると考えています。

Q-

新型コロナウイルス感染症に対する、AIホスピタルの取り組みについて教えてください。

PD-

新型コロナウイルス感染症の相談用AIアバターを導入しました。アバターが相談者に話しかけることで症状などをヒアリングできるようになっています。4月中旬以降、AIアバターには郵便番号を入力してもらっているので、どのエリアで何件程度の相談があったのかも把握できている状況です。実際に自治体から報告されている感染者の数とアバターの利用頻度が強く相関していることが分かっており、地域的にどのような変化が起こっているのかをAIアバターシステムによって追跡することもできます。ご存知の通り、感染症の診療では、非接触でのコミュニケーションが極めて重要な課題となっています。患者さんが看護師や医師と対面でコミュニケーションするのではなく、患者さんがパソコンなどに向かって症状の申告や体調の報告をすることによって、感染リスクを防ぎながら正確な問診を可能にします。

Q-

AIの音声認識や自然言語処理で医師がカルテに入力する手間がなくなると、救急現場や災害時の対応にも余裕が生まれますね。

PD-

そうですね。当然のことながら救命救急は一刻を争う現場である以上、医師や看護師がカルテを書いたり入力したりしている時間的な余裕がありません。刻々と変化していく患者さんの状況やデータなどを言葉で発すれば、カルテに自動入力することも可能になります。そのような意味では、救命救急や災害対応の現場ではAIが重宝されるのではないかと思います。

―「患者さんの負担が少なくスピーディーな診断を実現」―

Q-

がんの早期発見ができるリキッドバイオプシーは高度な医療だと思いますが、ほかの診断方法と比較した場合の有用性はいかがでしょうか?

PD-

リキッドバイオプシーは血液検査なので、全ての人に対して、がんの診断や薬の処方、実際に薬が効いているかを判定することにも活用できます。また、手術後にがん細胞が残っているのかを判断するのにも役立つ技術です。ただし、リキッドバイオプシーだけで全てのがんを100%見つけることは難しいでしょう。さらに、大きな利点としては、たとえば肺がんの場合、薬を処方するためには肺の組織を採取する必要があります。これは患者さんに対して大きな負担を強いることになるのですが、リキッドバイオプシーを活用すれば血液を採取するだけなので負担を大幅に軽減でき、最適な治療法の選択肢を速やかに提供できるようになります。ちなみに、肺の組織を取り出して検査するとなると2ヶ月程度の時間を要します。しかしリキッドバイオプシーを活用すれば24時間で判定が可能になります。いち早くその人に合った治療や薬を処方するという意味では非常に有効な方法といえるでしょう。リキッドバイオプシーは医療機器としての承認を得るために、現在は臨床試験を始めるための予備セッションなどを始めています。新型コロナウイルスの影響によって多少遅れてしまいましたが、最終的な臨床試験は2021年には開始できる予定です。

Q-

AIを治療方針提案といった医師支援に適用する場合には、信頼性の確保が重要になると思われますが。

PD-

現在の医療は、病名の診断が確定した後はそれぞれの治療法が確立されています。われわれが目指しているのは、あくまでも診断の精度向上です。たとえば、がんの場合には、それぞれの患者さんに適した治療法であるかを見極める必要がありますが、いずれにせよ診断の精度を上げて適切な医療を提供することが求められます。症状や検査結果など、複数のキーワードからAIが病名候補をピックアップして示すことができれば、医師の診断支援ツールとしても有用性の高いものになっていくのではないでしょうか。

―「AIによってゆとりが提供され、高度な医療を実現」―

Q-

海外展開に関して、具体的な取り組みと将来像のイメージを教えてください。

PD-

現在、AIの辞書登録において日本語から英語に変換する作業を行っていますが、これが完成すれば英語からさらに複数の言語への変換が容易になるはずです。また、AIプラットフォームの海外展開に向けては、三井物産様と連携して取り組んでいる最中です。

Q-

医療用AIプラットフォームによって、5年後、10年後の未来の医療界がどのように変わり、患者さんにとってどのようなメリットがあるのでしょうか。

PD-

AIによる医療と聞くと冷たい印象を持たれがちですが、どうしてもAIに置き換えることのできないものは「人間同士の心のふれあい」だと考えています。現在は、医師が患者さん一人ひとりに対して十分な診察時間が取れていません。それゆえに患者さんの状態を診るのではなく、データを見て判断するのが中心となってしまいます。検査データの分析など、必ずしも人間でなくても判断できる部分はAIによって支援してもらい、医師と患者さんは本来の人間らしい関係性を取り戻すことが本質であると思います。AIは私たちに時間的なゆとりを提供してくれるものであり、医師や看護師はさらに患者さんに寄り添い、高度な医療を提供できるようになると信じています。

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