戦略的イノベーション創造プログラム(SIP) 

日本の農業を成長させる先進のテクノロジー

小林 憲明

キリンホールディングス株式会社取締役常務執行役員
バイオ戦略有識者会議構成員

食糧危機も救う「食」のサステナビリティ
国を支える根幹産業でもある農業は、年々高齢化が進み従事者が減少しています。生産性を確保し、農業を成長産業とさせるためにはテクノロジーの活用が欠かせません。将来起こり得る食糧危機に備えるためにも、日本の農業にはどのような取り組みが重要なのか、小林 憲明PDにお話を伺いました。

―「健康的で持続的な成長に欠かせない『食と農』」―

Q-

全体テーマである「食」のサステナビリティの簡単な概要について教えてください。

PD-

持続的な成長を継続し、健康的な生活を維持するための取り組みの一つとして「食と農」に焦点を当てています。近年、少子高齢化や都市部への人口流入などによって農家は減少傾向にあります。今後も安定した農産物の供給を行っていくためには農業の維持と発展が欠かせません。さらに、地球温暖化やwithコロナ等の環境変化に対応し、SDGsに沿った地球環境持続性のある安定した「食」の供給・循環経済システムを目指すことも、本課題における重要なテーマといえます。

―「テクノロジーを活用して農業を成長産業に」―

Q-

「農業のサステナビリティ」の研究によって得られた成果について教えてください。また、「農業環境エンジニアリングシステム」とはどのようものなのでしょうか?。

PD-

将来も安定した農産物の供給体制を維持するためには、少人数でのオペレーション化を実現する農機の自動化や、経験知の不足をカバーするデータとICTを用いた現場判断の自動化が求められます。また、新規就農者を増やす取り組みとして農業経営をサポートするサービスも有効でしょう。データとICTを活用する「データ駆動型スマート生産」によって、農業を成長産業にするとともに、サプライチェーン間の情報活用による需給バランスの調整により食品ロスの削減にも取り組みます。具体的な数値目標として掲げている「生産現場の労働時間30%削減」に向けて、ロボット農機の遠隔監視システムや車両制御基盤技術について今後現地実証を行う予定です。また、品種改良などの育種開発にデータを用いて効率的に行うための「データ駆動型育種」にも取り組んでいます。これらを統合的に提供する仕組みを「農業のサステナビリティ」と呼んでおり、ICTを応用した精密出荷システムや、中山間農地を対象としたロボット農機による自動化技術など、着実に研究開発は進んでいます。「農業環境エンジニアリングシステム」は持続可能な循環社会を実現するうえで重要なものです。土壌に関するデータをフィールドアグリオミクス解析により網羅的に取得し、農業生態系の理解に基づく新規農業資材および営農法の実現を目指します。

Q-

「食材・食品のサステナビリティ」については、SIP1期の成果の1つである農業データ連携基盤(WAGRI)を流通や消費へ拡張しようとしているようですね。

PD-

「食材・食品のサステナビリティ」では、生産から加工・流通・販売・消費・輸出までを情報で繋いだ新たなサプライチェーンを構築します。一気通貫のトレーサビリティと改ざん防止により信頼性を担保するとともに、適正な出荷管理と生産情報を踏まえた流通の最適化や需給バランスの安定化を図り、食品ロス削減を目指します。現在の進捗としては、サプライチェーンの情報共有を目的とし、WAGRIの機能を拡張するための開発環境である「WAGRI-DEV」の開発が完了したため、今年度後半からさまざまな実証を本格化させていく予定です。また、社会実装に向けて必要となる個品識別と流通データの規格化・標準化に関しては、箱単位のシリアル番号に加え、ロット番号単位でのソースマーキングコード体系を整備し、生産情報の連携に必要な機能の設計も行いました。今後は、データを連携する企業・機関のさらなる拡大に努めていきたいと思っています。

Q-

「『食』関連資源・環境のサステナビリティ」の研究についてはいかがでしょうか。

PD-

「農林水産業系未利用資源」とよばれる非可食部分の構成成分を、環境にやさしい水を用いて付加価値のある高品質バイオ素材として分離回収、あるいは機能化学品に変換する一貫プロセスを開発します。これは当初目標を超える成果を出しており、研究は順調に進んでいると考えています。また、微生物や昆虫等の生物を活用して、高機能ポリマー、高機能タンパク質等の開発、バイオテクノロジーを活用した生産における環境負荷低減・環境調和型排水処理技術などの開発も目指しています。特別に開発したカイコを用いた物質生産においては、多くのユースケースについて目標を達成。参加機関と商品化に向けた協議を行っているところです。このように、「『食』関連資源・環境のサステナビリティ」の基礎的技術開発はいずれも順調に進んでおり、今後は企業ニーズを的確に把握し社会実装に向けて取り組んでいきたいと思っています。

―「消費者ニーズを満たし、新たな価値も提供する」―

Q-

昨年度は農業ICT関係者ヒヤリングや、スマートフードシステム・ラウンド テーブルなどの活動を行ってきたとのことですが、どのような成果が得られましたか?

PD-

生産現場における情報活用の有用性や、農業に参加した際のお困りごとなど、農家さんのリアルなご意見を伺えたことは大きな成果であったと感じています。また、新型コロナウイルスの影響によって分かったサプライチェーンの課題なども、スマートフードシステムを構築するうえで多くの気付きがありました。今後は消費者が求めているニーズを満たすことはもちろんですが、テクノロジーによって新たな価値を消費者に提供できるよう開発を進めていきたいと思っています。

―「食糧危機と将来の農業を考える」―

Q-

コロナ禍を経験して再認識したことや、新たな社会像や社会的価値観についてバイオ・農業テーマの対応として考えていることはありますか?

PD-

マスクをはじめとした医療関連物資や日用品の不足に現れたように、国内外サプライチェーンの見直しが大きな課題として指摘されています。食に関しても「お金を出しても買えなくなる状況がいずれ来る」という意見が以前から存在していました。今回のコロナ禍で経験したのは、まさにヒトとモノの交流、流通が突然停止する事態でした。コロナ禍においては国内農業や自炊への関心が高まっていますし、世界では都市や地域ごとの食料政策を考える必要性も叫ばれています。そのような環境の変化を捉えて、私たちに何ができるかをしっかり考えていきたいと思います。

Q-

PDが想い描く未来の日本の農業、「食」について教えてください。

PD-

日本の国土は南北に長いだけではなく、土地の高低差や四季の存在により非常に多様な農産物が作られています。この多様性を維持し、特性を活かし、「食」の可能性を広げながら将来の食糧問題への対応も念頭に置いて、活動を進めたいと思います。

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