戦略的イノベーション創造プログラム(SIP) 

光・量子技術でCPSのボトルネックを解消

西田 直人

株式会社 東芝 特別嘱託

スマート製造の実用化でsociety 5.0の実現に貢献
光・量子技術は今も幅広く世の中で活用されていますが、レーザー加工を用いる製造現場においてもさらなる活用が求められています。サイバーフィジカルシステムの構築におけるボトルネックを解消する技術としても注目されている光・量子技術について、西田 直人PDにお話を伺いました。

―「柔軟で強靭な社会の実現に不可欠なCPS」―

Q-

CPS型レーザー加工機システムについて、昨年のインタビューでは難易度が高い技術とお話されていましたが、実用的シミュレーション手法の検証やオープン・クローズド体制の構築に成功など順調に研究が進んでいるように見えます。これらの詳細について教えてください。

PD-

新型コロナウイルスによって産業界は大きな影響を受けていますが、CPSを取り入れている製造業ではほとんど影響なく事業が運営されています。想定外の事態が起きても影響を受けにくい、柔軟で強靭な社会の実現に向けて、今回のCPS型レーザー加工機システムにより具体的な効果を示していくことが重要であると確信しています。それでは、なぜCPSをもっと急いで進めないのかといえば、いくらお金をかけても実現できないボトルネックの解決策が見出されない限り、民間企業などが安心して開発にまい進できないためです。今回のSIPでは、その課題をクリアするため日本の英知を結集して取り組んでいます。東大が主体となって研究を進めていますが、京大も同系統のCPSの構築に着手しました。社会実装を実現するために、既存のコンソーシアムなどと連携を図ることによって、広くオープンに活用いただける体制構築に目処がたちました。今後は、企業などが抱える課題を例題として、さらにCPSの構築実用性の実証を進め、事業開拓および事業拡大に欠かせない存在として認めていただけるよう取り組んでいきます。

Q-

空間光制御技術について、実用化加工プラットフォームの稼働で多くの企業から引き合いがあったと伺いましたが、具体的にどのようなニーズがあったのでしょうか?多点加工技術の詳細についても教えてください。

PD-

空間光制御技術の役割は大きく2つあります。一つはCPS構築に必須となるデジタルツインの構築。そしてもう一つが、多点加工技術で肝となるレーザー加工のフィードバック制御技術の実現です。これらは現在の製造現場で実現できておらず、ボトルネックでもあったのです。デジタルツイン(の要素技術)では、高出力のレーザー光にも適用できる空間光制御デバイスの開発について目処がたちました。これによって、広範囲に加工条件を変化させ、良質で大量のビッグデータの入手が可能となったのです。ビッグデータと東大のAI活用、学理活用との連携で、CPSによる製造システムに欠かせなかったデジタルツイン構築について実証していきます。多点加工技術については、高出力化の進む加工用レーザーを空間光制御デバイスで多点分岐することで、これまでビームを高速に操作していた1点加工を大幅に高速化できます。さらに、実用化のためには穴の径をそろえるなど、品質の確保が重要です。フィードバック制御により、穴の形状など加工点の情報をリアルタイムで入手し、その信号をもとにデジタルツインを活用して最適なレーザービームの形状を生み出します。空間光制御デバイスを使うことにより、高精度な加工を高速で実現できるのです。

―「光・量子通信技術の社会実装に向けて」―

Q-

光・量子通信の技術を応用すると具体的にどのような社会実装が考えられるのでしょうか?

PD-

コンピュータ技術の進展によって、「今はまだ解読できなくても、将来高度な計算機が登場したときに過去に遡って全データを解読する」という解読攻撃リスクが考えられます。これまでの暗号技術は、解読技術の進展と暗号方式の移行とのイタチごっこでした。一方で、量子暗号は自然法則に基づいており、技術が進展しても解読されないことを証明できる唯一の技術として期待されています。日本は世界トップレベルの性能を誇る量子暗号技術を有しているのですが、これに秘密分散技術、電子署名技術、秘匿計算技術を組み合わせた「量子セキュアクラウド」の社会実装を目指しています。本課題では量子暗号装置の低コスト化、汎用部品の転用化などの研究開発も進めています。高知医療センターで行った実証実験では、電子カルテデータのセキュアなバックアップと医療機関間での相互参照を目的として、衛星経由で検索から9秒以内に医療データの復元に成功しています。また、大量のデータを暗号化・伝送するシステムを新たに開発し、数百GBを超える全ゲノム配列データの伝送についても世界で初めて成功しました。このほかにも、生体認証データの伝送および保存の長期運用試験も行っています。医療情報分野や企業・国家等の重要インフラ分野に取り組みながら、絶対安全なデータの流通・保管・利活用を実現します。

Q-

次世代アクセラレータ基盤に関わる研究開発では、次世代アクセラレータ・コデザイン技術、次世代アクセラレータインタフェース技術に取り組まれていますが、これらが社会に提供する価値についてお聞きかせください。

PD-

次世代コンピュータ資源には、量子アニーリングマシンをはじめとするイジング型コンピュータ、NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum)コンピュータ、誤り耐性量子コンピュータなどがあります。これらは、現在のコンピュータに置き換わる存在というよりも、現在のコンピュータとうまく組み合わせて、これまで解くことができなかった問題を現実的な時間内で解くことが期待されているものです。解く問題の性質によっても向き・不向きがあり、適材適所に活用する必要があります。次世代アクセラレータ基盤に関わる研究開発では、ユーザーはどのコンピュータ資源を活用するのかを気にすることなく、使用すべきコンピュータ資源の組み合わせを自動的に判断し、的確な回答を提示できるようにする研究を進めています。スマート製造や物流、材料、エネルギーや環境産業などの分野で広く使われるように、潜在的なユーザーとも協議しながらこのシステムの社会実装を目指します。

―「国際標準化への取り組みと社会実装に向けた概念実証」―

Q-

SIP2期も3年目を迎えるにあたって、本課題における特筆すべき成果についてお聞かせください。

PD-

京大が進めているフォトニック結晶レーザーの研究において、半導体レーザーの世界を一変させる成果が生まれてきています。具体的には、社会実装の課題を明確にするために、LiDARという光測距システムにフォトニック結晶レーザーを搭載し、自動運転分野への適用を進めています。LiDARは大手メーカーのタブレット端末へ搭載されたこともあり、大きな注目を浴びている技術です。情報セキュリティ分野においては、標準化や運用ガイドラインが極めて重要です。これまでは欧米が標準化をリードする例がほとんどでしたが、われわれは量子暗号技術の国際標準化に積極的に取り組んでおり、日本の技術がITU-Tの基本勧告に採用されるなどの成果も上げています。

Q-

今後、光・量子の技術が世の中に浸透していくためには何が必要だとお考えでしょうか。

PD-

レーザー加工や光・量子通信、光電子情報処理の技術を融合したCPS型スマート製造システムを構築し、多くの企業や研究機関に利用いただく概念実証が重要だと思います。そのためには、ユーザーの視点が欠かせません。要求される仕様や価格に一度に応えることは難しいケースが多いですが、優先順位を検討したうえで、どのパートナー、どのようなプラットフォームを活用すべきか、具体的な数値目標を立てながら進めていければと考えています。新聞やビジネス雑誌、SNSなどを活用した情報発信にも積極的に取り組んでおり、この部分でも先駆的な活動が推進できればと思います。

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