戦略的イノベーション創造プログラム(SIP) 

自動運転技術の社会的受容性醸成に向けて

葛巻 清吾

トヨタ自動車株式会社先進技術開発カンパニー フェロー

実証実験で見えてきた自動運転技術の今後とは
Society5.0の代表的な事例としても挙げられる自動運転技術。日本の主要産業ともいえる自動車産業の将来を担う重要な課題でもあります。「自動運転(システムとサービスの拡張)」の研究に取り組んでいる葛巻 清吾PDにお話を伺いました。

―「東京都内の複数拠点で実証実験を開始」―

Q-

これまで東京臨海部や首都高速道路、羽田空港地域などにおいて実証実験が行われましたが、どのような内容でしょうか。

PD-

自動運転の車両は、さまざまなデータを活用して走行します。SIP第1期では高精度3D地図データの構築を中心に取り組んできましたが、SIP第2期ではその3D地図データに紐づける信号情報や渋滞情報、規制情報など、時間とともに変化する動的なデータ(ダイナミックマップ)の構築・配信に取り組んでいます。東京臨海部エリアでは約30の信号機から信号情報を配信し交差点内の走行支援を行っています。首都高速道路では合流地点での本線の車両情報やETC通過可否、および車両プローブ情報を活用し渋滞末尾の情報や落下物情報等も配信しています。さらに羽田空港地域では、バス専用レーンの設置や信号情報の配信、および磁気マーカーの敷設等により、混流交通下でのレベル4走行について実証実験を行います。

Q-

実証実験の進捗や、得られた知見や課題などについて教えてください。

PD-

これまでも一部の信号機から情報配信が実用化されていましたが、約30もの信号機から面的に配信を行うのは初めてでした。実際に実験してみると、情報の精度や情報を受信する車載器の処理能力などに課題があることがわかったため、これらを一つずつ解決しながら実験を進めています。新型コロナウイルスの影響で各社の自動運転車両の開発に遅れが出ていることに加えて、実証実験自体も2ヶ月ほど中断せざるを得なくなりました。このため、年内の完了を見込んでいた実証実験の実施期間を2021年2月末まで延長して、データの有効性などの検証を行う予定です。また、今年7月に自動車工業会と合同での開催を予定していた試乗イベントも残念ながら来年に延期となりました。安全・健康を最優先しつつ、今後も状況に応じて柔軟に研究開発計画を見直しながら、自動運転技術の開発が少しでも早く前に進むよう推進していきたいと思います。

―「社会実装に向けて不可欠な安全性の評価」―

Q-

自動運転の社会実装に向けて「仮想空間での安全性評価環境の構築」は特に重要なテーマだと思います。

PD-

安全性をどのように確保し、どのように証明していくかは、自動運転の実現にとって最重要事項。かつ、大きな技術課題です。テストコースでの実験や公道での実証実験を数多く行っていますが、それでも事故に至る可能性があるような危険なシーンを網羅的に再現して評価するのには限界があります。そこでSIP第2期では、神奈川工業大学を中心に日本の主要なセンサーメーカーやシミュレーションツールのサプライヤーなどがコンソーシアムを組み、さまざまな交通環境をバーチャル空間で再現できるシミュレーションモデルの開発に取り組んでいます。このシミュレーションモデルの主な特徴は、物理現象との一致性検証に基づいて再現された環境・空間のモデルであり、カメラ、ミリ波レーダー、LiDARという3種類のセンサー性能を同時に評価できること。特に複雑な電波の反射解析が必要なミリ波レーダーにも対応しているシミュレーションモデルは、実用化されているものはまだ世の中にないと思います。現在、基本性能の目途がつき、シミュレーションで再現する対象となる道路構造物などのモデルデータの拡充に取り組んでいます。今年中には実用化に向け代表的な交通環境シーンのシミュレーションモデル化を行い、評価を進めていく予定です。

Q-

自動運転技術を正しく認識し、社会的受容性を醸成することも重要ですね。

PD-

モータージャーナリストや有識者などの方々と相談し、試行錯誤しながら進めています。新しいイノベーションが一般に受け入れられ広まるためには、まずユーザーの皆様に技術を知っていただく必要があります。そのうえで、コストの問題や安全性に対する不安など負の側面よりも、得られる価値のほうが高いことを感じていただかなくてはなりません。自動運転技術が身近でない現時点においては、一般の方々にこれらのすべてをご理解いただくことは難しいでしょうし、SIPの取り組みだけで解決できる問題ではありません。今、私たちができることとして、自動運転に関する正しい情報の発信や社会的・経済的インパクトの定量化に取り組んでいるところです。

―「国際標準化に向けてリーダーシップを取っていく」―

Q-

世界で自動運転の研究は進んでいますが、日本が優位に立つための取り組みについてはいかがでしょうか。

PD-

自動運転の実現にとって重要なのは、データとそれをやりとりする通信。また、安全性の証明や法制度の改正も必要であり、産官学が連携して取り組む必要があります。日本が優位に立つことも重要ですが、自動車は国際的な商品ですので、それ以上に国際標準化を進めてグローバルに展開できるようにしておく必要があります。このような思いから、第1期を開始した2014年から毎年、「SIP-adus Workshop」を開催し、日米欧の専門家とのネットワーク作りに注力してきました。その結果、日独連携という枠組みで「ヒューマンファクター」「社会経済インパクトアセスメント」「サイバーセキュリティ」「安全性評価」の4テーマで共同研究が始まりました。今年の国際会議(SIP-adus Workshop 2020)は、残念ながら新型コロナウイルスの影響で海外から専門家を日本に呼ぶことはできません。しかしWeb上のシンポジウムとリアルでの成果発表会(Web同時配信)を組み合わせて実施する予定です。今後も国際連携を進めつつ、日本が標準化の面でリーダーシップを取れるよう標準化機関と協力して取り組んでいきたいと思います。

―「足元の開発と将来を見据えた開発」―

Q-

自動運転技術の社会実装へ向けて求められることは何でしょうか。

PD-

海外も含め未だ自動運転が実用化までに至らないのは、克服すべき技術や法制度、社会的受容性等のハードルが高いからだと思います。一方で、自動運転技術は安全運転支援システムにも応用が可能ですので、足元の開発と将来を見据えた開発の両面が必要であると思っています。たとえばダイナミックマップのデータは、運転支援として活用が始まっています。現在、東京臨海部実証実験で行っている交通環境情報も運転支援システムとして活用しつつ、この地域が高度な自動運転の“グローバルな開発拠点”になるようにしていきたいと考えています。地方部では、ゴルフカート式の自動運転車両を用いて移動サービスの実用化に取り組み、2019年11月より、秋田県上小阿仁(かみこあに)村にてサービスが開始されました。今後もこのような事例を増やしつつ、将来的にはこれらが進化した高度な自動運転車両に置き換わっていくことを期待しています。

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