戦略的イノベーション創造プログラム(SIP) 

心の推論によって人のためのAI技術を確立

安西 祐一郎

独立行政法人日本学術振興会 顧問 学術情報分析センター所長

日本が抱える社会課題の解決に向けたAI技術の実現
人口減少や超高齢社会に直面し、介護業界やサービス業など、さまざまな業界が抱える課題や社会問題を解決するため、AIやビッグデータを活用した支援の仕組みが検討され、その仕組みの社会実装が期待されています。Society5.0とも特に関連性の高い「ビッグデータ・AIを活用したサイバー空間基盤技術」の研究に取り組んでいる安西 祐一郎PDにお話を伺いました。

―「人間が深く関わる領域のAI技術の開発」―

Q-

人に寄り添い、支援するAIという観点で、ヒューマン・インタラクション基盤技術は非常に期待される領域だと思います。

PD-

これまで伝統的にAIの分野で研究されてきた応用領域に加え、AI技術の進展に伴い、人間が深く関わる領域にAIが活用されるようになります。そのような領域において、さまざまな分野で広く活用される技術の一つがヒューマン・インタラクション基盤技術です。この領域の開発は欧米ではある程度進み始めていますが、日本ではほとんど手がつけられていない状況でした。人との付き合いを大切にする文化を有する日本こそが、AIをはじめとしたこの先端領域の技術を切り拓いていくことに向いているのではないかと考えています。また、人口減少や超高齢社会に直面する日本では、先進国として高い競争力を維持していくためにも、人材開発の重要性が一段と増してきます。この人材開発においても、ヒューマン・インタラクション基盤技術による支援を導入することが非常に大切です。

―「教育・介護・接客分野での活用」―

Q-

ヒューマン・インタラクション基盤技術では、一例として「教育」の分野におけるAI活用に取り組まれています。AIが持続可能で身近なものになるためには、AIをはじめとするIT技術者の教育・育成も必要になると思います。

PD-

教育や人材開発の支援として本課題では、まず中学や高校、大学における教育の支援を中心に取り組んでいます。一方、AIを含むIT技術者についても、日本が世界に比べて相当な遅れをとっていることも事実で、IT技術者の育成も急務であり、若い学生はもちろんですが、年齢にかかわらず社会人になってからのIT教育も極めて重要であると認識しています。この分野での人材開発においても、われわれが取り組んでいる基盤技術の研究およびその研究成果を活かしていきたいと考えています。

Q-

人口減少や超高齢社会に直面する日本においては、介護領域こそAIの力がより発揮される分野だと思います。

PD-

その通りです。たとえば高齢者の介護施設では介護士が定期的に館内を巡回しているほか、訪問介護においても介護士が自宅を巡回しており、これらの労働負荷がかなり大きいのです。巡回業務をリモートでも対応できるようになれば、介護士の負荷が軽減され労働環境の改善や介護士不足の解消にも役立つでしょう。
当然のことながら、介護の分野では単に機械化すればいいというものではなく、人間に対しての優しい技術が不可欠となります。これは決して簡単に開発できるものではなく、難易度が極めて高いもの。AIのなかでも自然言語処理やパターン認識などの技術要素が大きなカギとなるでしょう。

Q-

接客業務においては、お客様の感情を推定してAIが適切な判断を行うプロセスはなかなか定式化しづらいのではないかと推察しますが。

PD-

おっしゃる通り、人間の感情というのは、単に画像認識やパターン認識だけでは解決できません。人間の感情は極めて複雑で、AIに学習させようとしても一筋縄ではいかないのが現実です。そもそも、一般のAI技術者からも「なぜ感情認識の技術が難しいかを理解されにくい」という問題もあり、われわれとしても相当チャレンジングな取り組みを行っていると思いますね。
感情の認識や推論技術は研究段階であり、まだまだこれからですが、産業技術総合研究所などさまざまな機関や企業ともタイアップしながら研究開発を進めています。研究自体は順調に進んでいて、今後はデモ運用も可能になる見込みです。
人の言葉や動きはもちろん「心の推論」ができるAI開発に向けて取り組んでいるところです。

―「分野間データ連携の重要性」―

Q-

ヒューマン・インタラクション基盤技術の研究と並行して、分野間データ連携基盤技術の研究についても取り組まれていらっしゃいます。

PD-

国内では2020年7月に産学官一体のデータ流通・利活用をめざす推進団体dataex.jpの設立準備協議会が発足しました。このデータ流通・利活用において必要となるデータ連携基盤技術の設計構築を分野間データ連携基盤技術の研究として取り組んでおり、順調に進めています。これは相当画期的な取り組みとして捉えており、日本の国際競争力を高める上でも重要であると認識しています。というのも、これまで日本は「データの共有」が苦手な分野でした。健康医療データや観光、防災など、あらゆる分野のデータが相乗りできるプラットフォームが構築されると、ユーザーは欲しい情報を一手に検索できるメリットがあり、日本のAI開発や利活用の突破口にもなり得ると考えています。

Q-

企業にとって優位性確保やプライバシーの問題もあり、データの連携が難しいのではないかと思いますが、いかがでしょうか。

PD-

本来、企業にとってデータというのは宝であり、積極的に自社がもっているデータを共有することはありません。そのため、データを共有したほうがさまざまなメリットがあり、Win-Winの関係を構築できる仕組みを作ることが重要と考えています。
たとえば、飲食店ではグルメサイトにお店の情報をアップしています。これはお店の広告にもなり、集客アップにつながるメリットがあるため成り立つビジネスモデルといえるでしょう。データ連携基盤とは若干仕組みが異なりますが、「データを提供する企業にとってもメリットになる」という意味では共通しています。
まだまだ企業にとって理解を得られることは難しい現状があり、データ連携基盤構築における課題はまだ大きいですが、このような連携の動き、そして、われわれが取り組む分野間データ連携基盤技術の研究、そしてもう一つ取り組んでいるAI間連携基盤技術の研究を通して、一つずつ課題を解決していき、持続的に日本の競争力を高めていきたいと考えています。

―「人のためのAI技術であることを忘れない」―

Q-

SIP2期も3年目を迎えました。これまでを振り返ってみていかがでしょうか。

PD-

ヒューマン・インタラクション基盤技術、分野間データ連携基盤技術、AI間連携基盤技術は、これまで日本がほとんど取り組んでこなかった領域だからこそ苦労も多かったですが、それと同時に非常にワクワクしています。本課題は順調に進んでおり、日本の技術が世界に広がっていくための芽が徐々に出てきている状況です。
一方、コロナ禍によって日本はITやデータ連携の分野でかなり遅れていることが顕在化しました。IT分野での要素技術が遅れているというよりも、社会実装や行政の取り組みが遅れているといったほうが正確です。
このように遅れている原因の一つとして、ヒューマン・インタラクションという技術そのものが理解されにくいことも挙げられます。自動運転、ロボットなど目に見えるハードウェアは分かりやすいですが、インタラクション分析のようなソフト的な分野は本質が理解されにくく、評価自体難しいですからね。

Q-

ヒューマン・インタラクション基盤技術と分野間データ連携基盤技術、AI間連携基盤技術の社会実装について、今後の展望をお聞かせください。

PD-

本課題で取り組んでいる技術は、人が暮らしやすくなるための基盤技術となるものです。要素技術も重要ですが「人のためのAI技術」であることを忘れてはいけません。それはパターン認識であり、自然言語処理でもあり、さまざまなAIの要素技術が関わっています。また、幅広くビッグデータが活用できなければ実現もできません。今、私たちの日常生活においては、見えないところでさまざまな技術がサポートしてくれています。AIの未来も、同じようになっていくと思います。

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